「終活」について(2023年4月テレフォン法話)

 今月は、「終活」について考えます。
 終活は終わりと活動の活の二文字で比較的新しい言葉です。ネットでみると終活とは「人生の終わりについて考える活動」のこととなっています。新潟日報に「どうする終活」のタイトルで、作家の落合恵子さんとタレントの毒蝮三太夫の争論が載っていました。落合さんは、終末期の自分の意思を示す「リビングウィル」を書いているそうで、自分が終末期になった時「痛みは取ってもらいたいが、延命治療はしないでほしい」とか書いているそうです。毒蝮さんは「かみさんと、うちは子供がいないから墓は永代供養にしようとか、遺産相続はどうしようとか話している。遺影用の写真はすでに撮影してある」と語っています。
 私は、終活について忘れられないことがあります。終活という言葉が登場する十数年前よりはるか以前のことですが、新潟の私立大学で事務職員をしていた時、新潟の学部責任者の学部長を務める教授から事務の数人が学部長室に呼び出されました。席に着くと教授から「末期のがんになり、来年の誕生日まで生きられないことが分かった。ついては、学部長として死ぬまでにやっておきたいことがあるので協力してほしい。」と言われ、10項目の業務内容が書かれた自筆の書類のコピーが手渡されました。当初短期間で不可能と思われた業務は、教授と相談しながら進め半年ほどで全て終了することができました。教授は、業務の終了を見届け、誕生日を前にして亡くなられました。
 教授が亡くなった当日、以前お会いしたことがある奥様から電話が入り「1か月ほど前、主人の机から自分で書いたものが出てきたので大場さんに見てもらいたい。」と話されましたので、ご自宅に伺いました。教授が安置されている部屋で奥様から教授が書かれた冊子を受け取り拝見しました。表紙にお名前に続き葬儀の事と題字が書かれていました。表紙を開くとご自分が亡くなってすぐ行うこととして、最初に大学関係者に一報を入れ病理解剖を行うことや、葬儀社に連絡して自宅に運び教授を書斎に安置する配置図が書かれていました。また、通夜・葬儀に関して僧侶は実家の菩提寺に依頼することや連絡を取る参列者名等が詳細に記されていました。読み進んでいるうち、文中に事務の大場さんがお坊さんなので葬儀は万事相談して準備するよう書かれていました。他にも、遺品の取り扱いに関して、蔵書は全て大学の図書館に寄贈するようになど様々な指摘がありました。
 最後に、奥様とお子さん方の今後の暮らしについて書かれていました。全て読み終えて表紙を閉じると、題字の中ほどに大きくにじんだしみがついていることに気付きました。全てを書き終え、最後に題字を書かれ無念の涙を一滴落された教授の心中を思うと、こちらも涙がこぼれました。今思うと、あの時の教授の行動は終活そのものであり、終活とは仏教の教え「人は智慧と慈悲の心をもって生まれてくる。」によるものと感じます。教授が事務のメンバーに業務の指示を出したのは、どうしたら短期間にご自分の責任を果たせるか智慧をはたらかせたものであり、奥様にご自分が亡くなった後のことを書き残したのは、悲しみ、苦しみ、戸惑い、混乱する奥様を助けたいと思う、教授の慈悲の心の表れだったと考えます。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です