「忘れるが勝ち」について(2023年5月テレフォン法話)

 今月は、「忘れるが勝ち」について考えます。
 新聞で鎌田實医師の「忘れる力を生きる力に」を読んで共感しました。鎌田医師は、長野の諏訪中央病院院長として先進的地域医療に取り組み、「認知症にならない29の習慣」など数多くの著書があり、テレビ出演や全国各地で講演をされている著名な医師です。
 鎌田医師は忘れる力について次のように書いています。「そもそも人間の脳は、忘れるようにできている。負け惜しみではなく、忘れが多いことは、忘れる力があると肯定的にとらえていいのではないかと思った。忘れることは、新たなことを覚えられるチャンスにもなる。むしろ、忘れていいことは積極的に忘れることで、もっと生きやすく、もっと自由に生きられるようになるのではないだろうか。書きながら、生きていくうえで、人生のおおよそ8割は忘れてもいいことなのだと気が付いた。」
 鎌田医師は、80%は忘れていいと言っていますが、私はもっと多く90%以上忘れていいと思います。どうしても忘れてはいけないこととして、事故を起こさないよう車の運転に気を付けること、出かけるとき火の始末を確認することくらいしか思いつきません。反対に、自らの心をふさぎ暗くするようなことや、怒りの気持ちはできるだけ早く忘れるべきです。いやなことを覚えていてもなにもいいことがありません。心と体に不調をきたすだけですし、限られた命なのに忘れてもいいことに心を奪われるのは時間の無駄です。
 釈迦は、厳しい修行の果てに生老病死を始めとする人のあらゆる苦しみを無くする道を悟り、苦しみの根源として人の持つ限りない欲望を意味する煩悩に気付きました。苦しみを無くすには、煩悩から離れることが重要と説きました。
 忘れていいことが忘れられない煩悩から、どうしたら離れることができるでしょうか。鎌田医師は「毎日の生活がマンネリ化している人は、忘れることで心機一転、仕切り直しができる。不機嫌な気分を忘れ、怒りを忘れれば、一日を快く生きられる。毎朝、背筋を伸ばして正しい姿勢にリセットすれば、心も前向きになっていく。」と話しています。
 私は、忘れる力とは考えない力だと思います。不愉快なこと、怒りの気持ち、忘れなくてはいけないことは考えることを止め、そのことが思い浮かんだら直ちに頭を空っぽにし、もっと自分や他人の役に立つこと、楽しいことを思い浮かべ、頭を切り替える努力を続けることが大切と思います。
 先日テレビを見ていたら、大リーグで活躍する大谷翔平選手が、かつて愛読していた思想家の本から消極的に考えるより積極的に考えた方がいいことを学んだと語っていました。野球のプレーがうまくいかないとき、落ち込むよりどうしたら技術が向上するかあらゆる手段を講じるなど、生活の全てに積極的に考え対応してきたそうです。まだ若いのにしっかりした考えを持つ青年だと感心しました。この大谷選手のように、過去の自分を忘れ新しい自分を生み出そうと努力する姿勢こそ大きな忘れる力になると確信します。
 釈迦が悟った最も重要な教えは諸行無常です。諸行無常は、宇宙の全ては絶えず変化するという考え方ですので、人はいくら変わってもいいのです。いずれにしろ、人生忘れるが勝ちです。


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