般若心経について_その2。(2018年8月テレフォン法話)

 先月に引き続き今月も般若心経についてお話いたします。先月般若心経の中で色即是空と空即是色が最も重要な言葉と思われると言いまして、色即是空について私の考えを申し上げました。今月はもう一つの空即是色について私の考えをお話いたします。
 般若心経に関する解説書を数多く読みましたが、色即是空については大体どの本も同じような解釈で、私たちが自分があると思っているが永遠の存在ではなくやがて別のものに変わってしまう、実体のないものであるといった内容になっていました。ところが次の空即是色に関してはいろいろと解釈が分かれていてどれが本当かと思ってしまいます。
 空即是色は文字通りいえば空(くう)は空と書きますが即ちこれ色(しき)であるということになります。色は色(いろ)と書いて目に見えるもの全てということです。私なりの解釈としては、空が変化するものといった点に注目しました。即ち空即是色は色がいろいろな色に変化するといっているのではないかということです。
先日テレビを見ていましたら、ソフトボール日本代表で北京オリンピックで金メダルを取った時のエースの上野由岐子選手がインタビューを受けていて、ご自分のグラブの内側に諸行無常の文字が縫い付けてあるのを見せてくれました。大変驚きました。諸行無常はお釈迦様が悟られた重要な三つの教えの一つでこの世にあるものは全て変化し続けているというものです。上野選手はご自身がいかに優れた能力、技術を持っていたとしても東京オリンピックの時は38歳と選手としてのピークを大きく過ぎており、このままでは思うような活躍ができない、何か自分を大きく変えないといけないと決意して諸行無常の文字を縫い込んだと思います。彼女は諸行無常の教えを完全に理解していたのです。
 般若心経の空即是色は、この諸行無常の教えをベースにしているのではないかと考えます。空が様々なものに変化する、その最高に重要な変化が空が地球上で最も優れた生物である人間に変化したということであり、その優れた人間はあらゆるものを変化させることができる、自分自身でさえ変化させることができる。上野選手は諸行無常の教えからそのことを読み取っていたのです。
 私たちも般若心経の空即是色から何かを変えることができる、何かは自分自身であり社会であり仕事であり家庭であるかもしれませんが、自身の考え方ひとつで大きく変えることができるということを学ぶ必要があると思います。
 般若心経は、最初に色即是空と云って私たちは永遠に存在する私ではなく本当は空であり、やがて別のものに変化してしまう、死んでしまうと教えています。つぎに空即是色と云っていま私たちは間違いなく空が一人の人間に変化してこの世に存在していると教えています。
 般若心経の教えから、私たちは悩んだり苦しんだりする必要はない、なぜならいずれ変化して死んでしまうのだから。そんなことより大切なことはせっかく人間に生まれることができたのだから、思い切り人生を楽しみ、自分のできることやりたいことに日々取り組むことが求められているのかもしれません。


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