宮沢賢治の「雨にもまけず」について(2018年3月テレフォン法話)

今月は宮沢賢治の日本でもっとも有名な詩といわれる、「雨にもまけず」についてお話させてもらいます。
中学校の国語の教科書に出てきたような気がします。当時はそんなことはわからなかったのですが、この詩には仏教の教えが数多く盛り込まれていることを知ったのは最近のことです。
賢治は明治29年8月、現在の岩手県花巻市の商家に生まれましたが、成長した賢治が目にした当時の岩手の農村は、真の低温による冷害で一粒のコメも取れず、娘を売らざるを得ない悲惨な状況でした。何とか農家の窮状を救いたいと考えた賢治は農林学校に進み、卒業後は農学校の教諭のかたわら稲作指導に取り組みました。この農林学校の学生時代に賢治の文学的才能は一気に開花し、昭和8年37歳で亡くなるまで実に150篇の童話と、600近い詩をつくったと言われています。
昭和6年11月3日につくられた雨にもまけずはその代表作の一つです。
では朗読します。
雨にもまけず 風にもまけず 雪にも夏の暑さにもまけぬ 丈夫なからだをもち 欲はなく 決していからず いつもしずかにわらっている 一日に玄米4合と 味噌と少しの野菜をたべ あらゆることを じぶんをかんじょうに入れずに よくみききしわかり そしてわすれず 野原の松の林の陰の 小さな萱ぶきの小屋にいて 東に病気のこどもあれば 行って看病してやり 西につかれた母あれば 行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行ってこわがらなくてもいいといい 北にけんかやそしょうがあれば つまらないからやめろといい ひでりのときはなみだをながし さむさのなつはおろおろあるき みんなにでくのぽ-とよばれ ほめられもせず くにもされず さういふものに わたしはなりたい
朗読終わります。
宮沢賢治は熱心な法華経信者として知られていますが、この雨にもまけずのモデルは法華経にでて<る常不軽菩薩ともいわれています。仏教を一生懸命研究した賢治だからこそ書くことができた詩であると考えていますが、特に感じますのは大悲の教えです。
仏教の大切な教えの一つ大悲は大きな悲しみと書きますが、世の中には悲しみや苦しみ、悩みや迷いといった人の心を暗くふさいでしまうことが大変多く起こります。悲しみ苦しんでいる人を一人でも助け、明るい笑顔にしたいという、人間にしかない温かい心が大悲です。賢治の大悲の思いがかなはず、日照りや冷害に苦しむ多くの農民をみて涙を流しおろおろ歩く賢治の姿が目に浮かびます。
他にもこの詩には、良寛さんのような一切の欲を捨てた生き方をしたいとの気持ちが込められるなど、雨にもまけずは仏教の教えの玉手箱、お経そのものであると考えます。

最後に、そういうものに わたしもなりたい。終わります。


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