人間の最大の苦しみについて(2019年9月テレフォン法話)

 今月は、人間の最大の苦しみについてお話します。
 偶然テレビを見ていましたらどこか見たことがある黒いシルクハットをかぶったお笑いタレントと、今でも毎日野山を駆け回って動物のフンを捜し歩いていると話す高齢の動物学者が対談をしていました。それは楽しそうな対談で二人とも大笑いをしながら話していましたが、よく聞いてみると結構深刻な内容でした。お笑いタレントが、中学2年の夏休み明けから6年間学校に行けなくなって引きこもっていたと苦しんだ体験を話し、一時はもう死ぬしか選択肢がないと思ったと言いました。動物学者の先生は「人間は確かに優れた生き物だが、脳が発達しすぎて記憶力が良すぎるためいつまでも覚えている。これが人間の最大の苦しみになっている。」と語りました。
 私はこの先生の言葉を聞いて、人間の最大の苦しみの原因が、いつまでも苦しみを忘れない人間の記憶力の良さにあることを思い知らされました。以前テレビでアフリカの草原で鹿の子供がライオンに襲われ食べられているシーンが映し出されているのを見ました。少し離れた場所から母鹿らしい大人の鹿がしばらくその状況を見ていましたが、すぐ何事もなかったように走り去りました。私はその時動物の母親は人間に比べて薄情なものだと思いましたが、動物学者の先生の話からその母鹿は子供がライオンに食べられたことの記憶が無くなっただけと知りました。いつまでも子供がライオンに食べられたことを思って苦しんでいては、母鹿は厳しい生存競争のアフリカの草原で生きていけません。そう考えると自分を苦しめる記憶は早く無くすことが、人間にとっても厳しい人生を生き抜くためにとても重要なことと言えます。
 仏教の最重要の目的は、人の苦しみをどうしたら無くすことができるかということにありますが、苦しみの記憶を無くす、忘れる、捨てることによって苦しみから救われるという教えがあります。その一つは何事にも執着してはいけないという教えです。執着と言うと難しい感じがしますが何かを気にし続けたり、心を奪われてはいけないという意味で、苦しみの元から自由に離れる、考えないことが大切ということかと思われます。
 もう一つは自分を無くす、無になるという教えです。これも難しい表現ですがやがて死を迎える私たち人間は永遠の命ではない一時的なもので、そう考えると元々自分はこの世に無かったのであり、あらゆる苦しみも一緒に自分がこの世に無かった状態にする。つまりは苦しみも含めて自分の中を空っぽにするということかと思います。座禅を組んだり瞑想をして一切何も考えず、無になる修行に取り組んでいる人たちがいますが、それによって苦しみや迷いから自由になることができるということかと思います。
 澤木興道老師が、「自分のことを外にすれば解決できないことはほぼ無い」と講話で話されましたが、この言葉も自分を無くすことが大切ということを言われており、自分は何と思われても何を言われてもかまわないという気持ちでいればよいと教えておられるのです。私たち人間も他の動物を見習って良いことはいくら記憶してもいいですが、苦しいことはできるだけ早く忘れましょう。


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