「江戸時代新型コロナウイルスのような恐ろしい感染症に一人立ち向かった若い女性」について(2020年9月テレフォン法話)

 今月は、「江戸時代新型コロナウイルスのような恐ろしい感染症に一人立ち向かった若い女性」のお話をします。
私事ですが、8年前佐渡にUターンする前40年ほど新潟市内の医療系大学に事務職として勤務しました。東京・新潟にキャンパスを持つ大学で理事長・学長として長期に渡り大学運営の中心にあり重責を担っておられるN先生が、2008年に最初の小説集を出版されました。その後も超がつくお忙しい中2度に渡って小説集を出版されました。現在新型コロナウイルス感染拡大に関するニュースが連日テレビ、新聞で報道されている中、N先生からいただいた最初の小説集に同様のテーマで書かれたものがあったことを思い出し、目次をみますと5編の小説の中題名「逃げる」であったことが分かり、読み直しました。
 あらすじはこうです。江戸時代文久2年のことでしょうか、とある山村で実母のヨネと3歳のヒデ、生後10か月のタマと暮らす21歳のキクの下に出稼ぎに出た婿の夫ゲンが20キロ先の宿で病に伏せていると言い伝えが来たことから始まります。キクは走りに走って夫の下へ駆けつけますが、全身赤黒い斑点に覆われ力なくゴザに横たわるゲンを一目見て、恐ろしい流行病で今で云うはしかの麻疹にかかっていることを知ります。
 江戸時代麻疹はほぼ20年を周期に大流行していて、20年前キクの村にも麻疹が猛威を振るい大勢の家族、親戚や村人が亡くなり、からくも母ヨネと乳飲み子のキクが生き残ったのです。翌朝ゲンの死を見届けたキクはゲンをその場に残し、村に駆け戻ります。キクは家に着くと母ヨネにゲンが死んだこと麻疹が来ることを告げ、「おッ母ぁ。山さ逃げる!」と叫びます。
 20年前1度麻疹に感染したことから2度と罹らないと云うヨネを残し、ヒデとタマを連れヨネが持たせたわずかな食料を背負いかごに入れ山へ逃げたのです。キクに山へ逃げることを決意させたのは、何としてもタマとヒデを救わねばならない。麻疹が来る前に人のいない所へ、人の来ない所へ逃げる、そして悪魔が通り過ぎるまで隠れている、その一念だったのです。
 山頂近くの木樵小屋に身を隠したキクたちを蚤や藪蚊が襲うなど様々な困難が待ち受けていますが、悪魔が立ち去るまで20日はかかるとの計算からひたすら耐え続けます。21日に及ぶ逃避行を終え村に戻ってくると、村の共同墓地に新たに埋葬された土饅頭が30数個並んでいるのを目にします。家では号泣するヨネが3人を迎えました。全文を読み終えると、あまりに壮絶な一人の女性の感染症との戦いのリアルさに身も心も凍り付く思いがして、小説の持つ強烈な発信力にしばし言葉を失いました。
 小説の主人公21歳の母親キクの感染症から子を守るために取った判断、行動に釈迦の教え八正道が脳裏に浮かびました。八正道とは8つの正しい道と書きあらゆる苦しみを無くす修行法で正しい理解、正しい考え、正しい言葉、正しい行い、正しい生活、正しい努力、正しい思い、正しい精神統一を意味します。今と違い何の教育もなく、何の情報もなく、何の医療機関もない時代自ら正しく考え、正しく行動することが自らと大切な人の命を守る唯一の道だったのではないかと思われ、先人の努力にただただ頭が下がるのみです。


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