「人生の価値」について(2020年11月テレフォン法話)

 今月は、「人生の価値」について考えてみたいと思います。
 両津の書店で本棚を眺めていましたら、五木寛之さんの「死の教科書」という本が目に留まりました。五木さんは88歳の現在でも旺盛な執筆活動を続ける著名な小説家ですが、同時に仏教に関する造詣が大変深く仏教を題材にした著書も数多い方です。10年ほど前新聞に五木さんの名著の一つ親鸞が長期に渡り連載されましたが、私にとって小説の面白さと共に仏教の奥深さを知る格好の教材でした。
 本を買って読んでみましたら、五木さんに48人の一般の人が人生への疑問についてアドバイスを求め、五木さんが意見を述べるという内容でした。死の教科書という題名は人の死に関する疑問が多かったことによると思われます。その中で「人生の価値」について述べられている項目に考えさせられました。
 問いは「自分は、五木さんのように多くの人を惹きつける作品を書くこともできず、死んだ後「自分がこの世に存在した」と証明できそうなものが何もありません。何も成さずに死んでいくことにむなしさを感じてしまうのですが・」というものです。五木さんのご意見は「この世には一人として同じ人はいません。どんなに自分が小さな、取るに足らない存在に思えたとしても、世界はその小さなあなたがいて成り立っています。人は、生きているだけで価値がある。」でした。
 私は、五木さんのこの言葉は釈迦の教え「天上天下唯我独尊」からきていると理解しました。天上天下唯我独尊は全ての人は宇宙でただ一人の尊い存在であるという意味です。釈迦の言うとおり、人は他のどんな生き物よりその能力、精神構造において比較にならないほど優れています。また一人として同じ生き方をする者はいません。人間だけが自由に自分の生き方を決められます。そこに人生の価値があると五木さんは言っておられると思います。
 五木さんが最も言いたかったことは、人は生きているだけで価値があるというフレーズかと思います。人は意識するしないにかかわらず、周りの人たちに様々な影響を与えています。また、人は他の人達や動物、自然といったものから様々な影響を受け学んでいます。自分自身に置き換えてみても周りの人やテレビや本、新聞といった情報を通じて様々な人の生き方を知り、学んでいるのだと思います。
 例えば幼い子供と接すると、その純真さに心が洗われるような爽やかさを覚えます。また、高齢者や障害者の方が不自由な体で一生懸命活動している姿をみると、自分はなんと恵まれていることかと考えさせられます。こうしてみると自分は人に影響なんて与えられないと考えてしまいますが、決してそうではありません。何しろ宇宙でただ一人の尊い存在なのですから。そして互いに学び合いながら人類は地上で最高の進化を遂げたと考えられます。
 弘法大師空海の言葉に「一切の男子は是れわが父なり。一切の女人は是れわが母なり。一切の衆生はみな是れ我が二親・師君なり」があります。その言葉の意味は全ての男性は私の父親で、全ての女性は私の母親であり、私の二親にして先生なのだ。ということになります。弘法大師空海もまた全ての人から学び取ることによって、偉大な宗教者となり得たのです。


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