「ポツンと一軒家」について(2020年3月テレフォン法話)

 今月は、「ポツンと一軒家」についてお話します。私は民放のテレビ番組のポツンと一軒家という番組が好きで、日曜の夜を楽しみにしています。
この番組は、航空写真で全国の人里離れた山深い中に一軒しかない家を撮影しテレビ局のスタッフがその家を探して訪ねて行き、住んでいる方にお話を聞かせてもらうというもので、近くの集落でポツンと一軒家に行く道を尋ねるところから始まります。いつも親切な人たちに出会い案内してもらいますが、険しい危険な山道をやっとの思いで目指す家にたどり着きます。運よく住人の方がおられるとお話を聞くことができます。
 住んでおられる方は、高齢のご夫婦かどちらかお一人という場合が多いのですが、お一人の場合殆どが夫に先立たれたおばあさんだけで住んでおられます。その一人暮らしのおばあさんたちが、皆さんよく笑って明るく暮らしておられるのを見てこちらも笑顔になります。毎回お聞きするお話や暮らしぶりになんとすごい人たちかと驚き感心させられます。
 お話の多くが、元は何軒かの農家があった小集落でしたが皆山を下りたりして一軒だけになってしまったそうです。住み慣れた家での生活は気楽でできるだけここで暮らしていきたいし、たまに訪ねて来てくれる子供や孫、親戚の人に会えるのも楽しみの一つと言われ、家の前に広がる雄大な山並みを指さして「この景色が毎日見られるから何の不満もない」と笑いながら話されます。
 最も感心させられるのは、生活に必要なものはほとんど全て自分の力で手に入れていることです。田畑を耕して米・野菜を作り、山から木を切り出して燃料の薪を作り、山の湧水を引いて専用の水道を設けていて、ある家ではおじいさんが若い時ほぼ一人で家を建てたと話していました。今私たちは必要とするものはお金で手に入れようとしますし、できないことはすぐ専門業者の方に頼もうとします。つまり一人では一日も生きていけません。ところがポツンと一軒家の方は自分のことはほぼ自分でできます。なんとたくましい人たちでしょう、ただ、ただ尊敬するばかりです。
 澤木興道老師がある講話会場で説かれた言葉「自分の運命は、どの運命でも、誰でも、どこでも、いつでも、自分でやらなければならん。誰でも、その場所で、そのことに、堂々と生きていったらいいじゃないか」が思い起こされ、ポツンと一軒家の人たちは、澤木老師の言葉どおりの生き方をしておられると痛感しました。江戸時代後期に活躍された良寛さんは、国上山の中腹に立つ小さな庵の五合庵に25年間お一人で住んでおられましたが、ポツンと一軒庵での暮らしでした。その五合庵で後の世に残る見事な漢詩や詩、俳句、書等を数多く創られました。良寛さんの詩に「こと足らぬ、身とは思はじ、柴の戸に、月もありけり、花もありけり」があります。「自分には貧しくとも足りないものはない、柴の戸の向こうに月もある、花もある」という意味です。「欲少なくして足るを知る」という仏教の教え、これで十分です、これ以上求めませんという教えを良寛さんは実践されました。全国各地のポツンと一軒家の人たちは今の世の良寛さんでした。


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