「コロナ差別」について(2020年5月テレフォン法話)

 今月は、「コロナ差別」についてお話します。今新型コロナウイルスの感染拡大で私たちの星地球が大変なことになっています。
 昨年12月に中国武漢市で発生したこのウイルスは、瞬く間に世界に感染が拡大し猛威を振るっています。日本では本年1月半ばに最初の感染者が出て、4月末現在約1万5千人が感染し、亡くなった方も400人を超えています。世界に目を向けてみるとほとんどの国で300万人以上が感染し、亡くなった方は21万人を超えています。
 連日ウイルス問題をトップニュースで報道するテレビや新聞にくぎ付けになっていますが、ある日の新聞でコロナ差別の言葉を目にし、信じられない思いです。コロナ差別とは感染者やその家族、感染者を受け入れている病院の医療従事者やその家族等に向けられる差別的な言動を言います。退院した感染者が、家に石を投げ込まれたり壁に落書きされて二重の苦しみを味わった話す記事や、感染者専用病棟に勤める看護師さんが昼夜を問わず感染の恐怖にさらされながら命がけで患者と向き合っているのに、ばい菌をまき散らしていると中傷されて心が折れそうになったと話されているのに愕然としました。
 仏教を始めた釈迦の時代、釈迦の下で修行する数千人の修行者に数多くの戒律という規則が定められていました。今でも東南アジアの仏教国では当時の厳しい戒律を守って修行に勤しむ多くの僧侶がおられます。
 私は、釈迦の時代の多くの戒律の中で釈迦が最も重視したものは次の二つではないかと考えます。一つは「慈悲の心を忘れてはいけない」ということです。釈迦は、人間は生まれながらにして人や動物の苦しみ悲しみを思いやる慈悲の心を持っていると説いています。この釈迦の教えに従えば、ウイルスに感染された方には慰めの言葉をかけて元気づけてあげていただきたい。いつ自分自身が感染するかも知れないのですから。
 もう一つは「間違った考えに捉われてはいけない」ということです。釈迦はいかなることにも心を奪われ思い込んではいけないと諭しています。いつも心を自由にし、自分の考えが間違っていないか絶えず振り返ることが必要です。
この世は絶えず変化するものということが仏教の基本的な考え方です。爽やかに吹きそよぐ春の風のように自らの心を自由に変えていく、そして正しい考えに到達する能力を全ての人が持っています。ウイルスに立ち向かう医療従事者の皆さんは間違いなく尊敬されるべき、感謝されるべき人たちです。
 このような暗いニュースだらけの中で心温まる報道がありました。ウイルスの感染者が出始めたアフリカの貧しい国のNPOで支援活動を行う日本の若者が、欧米の支援者が皆本国に帰国していく中現地にとどまり、食料の配布や手洗いの指導を行う姿に慈悲の心を感じました。また、イタリアで感染者が最も多い北部の病院で同国在住の若い日本女性のバイオリィニストが、一人病院の屋上に立ってバイオリン演奏を行い、その感謝の思いを込めた見事な調に医療従事者の皆さんがうっとりと聞きいっておられる姿に深い感動を覚えました。


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