今月は、「誰でも尊敬できる人は菩薩」について考えます。
菩薩とは、観音菩薩のように、悲しみ苦しむものを救わんとして菩薩の修行を積み、やがて仏となる人を意味します。「雨ニモマケズ」の詩を世におくった宮沢賢治は明治29年岩手県花巻市に生まれ、冷害に苦しむ娘を売らざるをえない農民の姿を見て農業学校に進み、著作のかたわら農業指導に努めました。
宮沢賢治は、まぎれもなく菩薩であると考えます。宮沢賢治の代表作雨ニモマケズは、雨ニモマケズ風ニモマケズの書き出しで、東に病気の子供があれば行って看病してやり、南に死にそうな人あれば行って怖がらなくていいと言い、につながり、最後に、そういうものにわたしはなりたいと結んでいます。このそういうものに私はなりたいという、そういうものとは、宮沢賢治の研究者によれば、あらゆるお経の王様と称される法華経に登場する常不軽菩薩を指すと教えられました。
法華経は、今から2千年ほど前インドで成立し、中国を経て日本にもたらされました。聖徳太子が、法華経を講じて解説され、法華経の教えをもとに17条憲法を制定したことが伝えられています。宮沢賢治は、童話作家や詩人として多くのすぐれた作品を遺しましたが、熱心な法華経信者として知られています。37歳で肺結核で亡くなる前、法華経1千部を印刷して知人に贈るよう弟に遺言していることからも、法華経に深く心酔していたことが理解できます。
賢治がそういうものになりたいと願った常不軽菩薩は、法華経常不軽菩薩品第20に記されています。常不軽菩薩は、会う人ごとに「私はあなたを深く敬います。それはあなたが菩薩の道を行じており、必ずや仏となるからです。」と伝え、手を合わせ拝みます。そのように言われた人の中には、バカにされたと思い杖や木で叩き瓦や石を投げつける人もいました。そのような仕打ちを受けても、ひたすら他人を敬い手を合わせることを止めなかったとお経に書かれています。なぜ常不軽菩薩は全ての人を尊敬し、必ず仏となれると説いたのか、それは法華経が、全ての生き物が仏となれると説く教えであることに他なりません。宮沢賢治は、全ての人を尊敬し仏へと導く常不軽菩薩のような菩薩になりたいと決意したのです。
真言宗の宗祖、弘法大師空海の御言葉に「一切の男子は是れ我が父なり。一切の女人は是れ我が母なり。一切の衆生はみな是れ我が二親・師君なり。」があります。この御言葉の意味は、全ての男性は私の父親であり、全ての女性は私の母親である。全ての人は私の両親で先生なのだと話されているのです。お大師様のような偉大な方が、子供からお年寄りまで全ての人がご自分の親であり、先生であると述べているのです。この御言葉は、お大師様が法華経の常不軽菩薩のように、全ての人が菩薩でありやがて仏となると考えられ、深く尊敬された証と思われます。
お大師様の中心思想は、即身成仏です。即身成仏とは、今生きているこの身このまま仏となることを意味します。即身成仏を果たすにはどうすればよいか、お大師様は、それには自分自身の中にいる仏に気付くことであると説かれました。私たちは、宮沢賢治のように、自分の心の中に観音菩薩のような仏が住んでいることに気付き、菩薩として生きて修行し、お大師様のような仏になれると信じます。