今月は、「自分が必ず死ぬことを知っているのは人間だけ」について考えます。
佐渡病院を2月5日に退院し、入院中読めなかった新潟日報をまとめ読みしました。ある日の佐渡版にいつもの島の文芸欄を見つけ、知り合いの人の作品がないか目で追いました。島の文芸には日によって短歌、川柳、俳句の選考された秀作が掲載されますが、その日は俳句の日でした。同じ真言宗豊山派の先輩僧侶で、佐渡を代表する名刹長谷寺住職富田宝元さんの作品「死ぬことを 忘れて生きる 寒椿」を見つけました。
さっそく富田住職に電話し「住職さん、今回の作品は坊さんでないと詠めない句ですね。釈迦は諸行無常を悟って生れたものは必ず死ぬことを説きましたが、そのことを知っているのは人間だけです。それゆえ人として生きている一瞬・一瞬を大切にしないといけないと仏教の先達は教えました。この句はその教えを詠んでいると感じました。とにかく良寛級の秀作です。」と伝えました。
良寛級と伝えたのは、江戸時代後期に越後の国上山中腹五合庵に一人で住み、漢詩、和歌、俳句、書の優れた作品を数多く残した曹洞宗の良寛和尚に辞世の句、亡くなる前に詠んだ俳句ですが「散る桜 残る桜も 散る桜」があります。
富田住職の句はこの良寛さんの句と同じ意味を持つと感じたからです。散る桜は私はまもなく死に行きます、残る桜は私のことを心配してくれている皆さん、も散る桜はやがては私と同じように死んでゆきますよと良寛さんは最後に教えているのです。思うに、良寛さんは私は思う存分やりたいことをやってきたので、今死んでも悔いはありません。どうか皆さんもいつ死んでも悔いが無いように、一日一日を大切に生きてくださいと最後の思いを辞世の句に託したと考えます。
もう一人、富田住職や良寛さんと同じ思いを込めた言葉を世に送った人がいます。アメリカを代表するコンピュータ会社アップル社の共同創業者の一人スティーブ・ジョブズは、現代社会で必要不可欠なパソコン・アイホン・アイパッドを世に送り出したと評される著名人です。彼は様々な宗教を研究し、特に座禅に心酔してアメリカに渡った日本の曹洞宗の僧侶に禅を学び、自らの思想に禅の精神を取り入れました。
晩年、スタンフォード大学の卒業式に招かれて講演した際、「死は、人類が発見した最高の発明である」と話しました。この言葉も、富田住職や良寛さんと同じく仏教の教えに基づいていると考えます。スティーブ・ジョブズは、自分も必ず死ぬということに気付き、それなら生きているうちに世の中の役に立つ最高の製品を創り出そうと考えたのです。今から15年前、全てを成し遂げ、56歳で膵臓がんのため世を去りました。
新潟日報のまいにちふむふむのコーナーに、数年前亡くなった世界一貧しい大統領として知られる、南米ウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領の言葉の宝物が紹介されていました。人は必ず死ぬ以上参考になる生き方です。それは「人生で最も重要なことは勝利することでなく、歩くこと。転ぶたびに起き上がることです。そして自分の意思を持って生きることです。みなさんもどうぞ、よく生きてください。わたしの考えに同調してほしいとは思わない。みなさんにとって、何が重要なのかを、自分の頭で考えてほしい。」の言葉です。