「消えることがない人の深い悲しみ」について(2022年8月テレフォン法話)

 今月は、「消えることがない人の深い悲しみ」について考えます。
 NHKEテレの「愛する人を失ったとき、附属池田小事件遺族のグリーフケア」を見て人の悲しみが意味するものに心打たれました。番組では、21年前大阪大学附属池田小学校に刃物を持った男が侵入し、子供たち8人が殺害され15人が重軽傷を負った事件で、当時2年生の7歳の長女を突然奪われた女性のその後の活動が紹介されました。学校から事件を知らされた彼女は急ぎ駆け付けましたが、搬送された病院で見たのはすでに息を引き取った長女の姿でした。事件の後、彼女は感情が全く麻痺し抜け殻のようになって自らの命を絶つことさえ考えたそうです。深い悲しみから抜け出せずにいる彼女を、いろんな方が支え励ましてくれましたが、なかでも同じように犯罪で肉親を奪われた人たちが声をかけてくれて、彼女の苦しい胸の内をじっと聞いてもらい、一緒に涙を流してくれたことに救われ、前向きに生きる気持ちが出てきたと話しました。彼女は支えてもらった恩を返すために同じ悲しみを持つ人を支え返したいと考え、大学で悲しみを保護するグリーフケアを学び、精神会話士の資格を取りました。
その後、東京台東区のお寺の住職で生活困窮者等を支援する活動をしている方と知り合い、寺の一室を借りて悲しみ苦しみをテーマにする900冊の絵本を備える、図書館のような場所「ひこばえ」を設けました。そこは、家族を失った悲しみや病気等の苦しみをいやす場所で、彼女は訪れた方の悲しみ、苦しみの声に耳を傾け、絵本を紹介し、自分の体験を交えて語り合います。
 テレビでは、相模原の県立障害者施設で子供が殺害された夫婦、がんの父親を介護していたが最後の瞬間を看取れなかったことを後悔する女性、妊娠した子供を人工死産した女性等多くの方がひこばえを訪れていました。彼女は、「あなたを愛する気持ちに変わりないと思えるまでずいぶん時間がかかった。やっぱり会いたい、どんなふうに成長したか見たいです。」と自分の気持ちを語っていました。ひこばえを度々訪れる人たちは、みんな笑顔を取り戻していました。
 人は多くの場合自分のために悲しんでいるのではなく、番組で彼女が、学校の先生になる夢を持ち幸せな人生を送ることができた長女への思いから深く悲しんでいるように、人を思いやる気持ちから悲しんでいます。この悲しみの感情は仏教の慈悲の教えに通じていると考えます。
慈悲の文字は悲しみを思いやると書きますが、人は生まれながらにして慈悲の心をもつとされます。悲しみの感情にみられる慈悲の心こそ仏の心であり、美しい心にほかなりません。
 同じころテレビの報道番組で、ロシアのウクライナ侵攻が報じられ、木の十字架が累々と並ぶ広大なウクライナの戦死者の墓地が映し出されました。多くの十字架には花飾りがかけられ、泣き崩れる人たちの姿にウクライナの人たちの絶望的な悲しみが感じられ、胸が締め付けられる思いがしました。一人の女性が「私は夫の全てであり、夫は私の全て、互いに全てを失った今どう生きていったらいいか」と涙ながらに語っていました。今こそ、世界はウクライナの人たちの深い悲しみに慈悲の手を差し伸べる時なのではないか、自分に何ができるか自問自答の日々です。


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