今月は、「死と生に向き合う」について考えます。
NHKEテレ 医師にして僧侶 和泉唯信 ALS患者と共に歩むを見て、すごいお坊さんに出会ったとの想いから深い感動を覚えました。和泉医師は、徳島大学病院脳神経内科で、体の筋肉が徐々に動かなくなり、進行すると寝たきりになって、発症から2~5年で自分で呼吸ができなくなって死にいたる、有効な治療方がない病気ALSの患者を日本で最も多く診てきました。
番組で、医師になって30年間で700人ほどの患者を診ましたが、何の治療もできず約500人の患者さんが亡くなりました。試合でいえば全敗ですと悲しい目で語り、無力な自分を責めているようでした。しかし、和泉医師は全力で患者とその家族に寄り添います。休日には、全国に100人ほどいる患者の家を自費で訪問しています。患者の家族の苦しみの声を聴き、患者への対応をアドバイスして励まします。なにも話すことができずただ涙ぐむ患者本人には、いつもの悲しい目で優しく語りかけます。和泉医師は、何の治療もできないけど患者の家を訪ねることが大事なんですと話します。確かに先生が家に来たときと帰るときでは、患者と家族の表情が違います。患者は、不安な表情から少し安心したような穏やかな顔になります。苦しい表情の家族は、笑顔になって和泉医師を見送ります。これは、自分たちのことを心から心配してくれるお医者さんがいることが心の支えになり、喜びを感じている表れと考えます。
驚いたことに、日夜休みなく患者のために働く和泉医師は、広島県三次市にある浄土真宗のお寺の住職で、家族を残し徳島に単身赴任していて、檀家の葬式や法事の度に寺へ戻る生活を続けているのです。和泉医師は、「医療においては、人の死をもって全てが終わるが、仏教の教えに終わりはない。亡くなった人から教えられることが数多くある。僧侶の仕事は、檀家のためというより自分のためにやっている。」「今から2600年前に仏教を始めたお釈迦さんが、苦しみ、悲しむ人の家に歩いて行って話を聞き、教えを説いて寄り添う姿にあこがれを抱いていた。私が患者の家を訪ねるのは、お釈迦さんを見習っているのです。」と話しました。
番組が進んで、和泉医師がいつも悲しい目をされているわけが分かりました。北海道大学医学部で学生生活をおくっているとき、柔道部に入り主将を務めました。柔道部時代の写真には、今と違い鋭い目をした精悍な顔つきの和泉医師が映っていました。その柔道部に、血を分けた兄弟のように思い、一心同体で過ごした後輩がいました。その後輩が、自らが医師になる1年前自殺するという悲報が届きました。自分が死ぬようなものと語る和泉医師は以来悲しい目になったと思われます。
和泉医師は患者や檀家の人の死を全身で悲しむことができる、阿弥陀如来のような仏だと痛感しました。患者の家を訪問したとき、もうじき呼吸ができなくなるので人工呼吸器を付けるか、付けずに死を選ぶか迷っていると話す患者に、和泉医師は「あなたの人生だから、あなたが考えて決めればいいんですよ」と優しく語りかけます。最後に、「人生は、長かろうが短かろうが、その人らしく最後まで生きればいい、生きているその一瞬一瞬が大切なんです。」と語る姿に、理想のお坊さんに出会ったとの想いを強くしました。