今月は、「大切な人を失った悲しみ」について考えたいと思います。私は55年程前僧侶となり、数多くの葬儀でお勤めをさせていただきました。葬儀の場で大切な人を失って悲しみに打ち沈んでいるご遺族とお会いし挨拶をするわけですが、その時ご遺族にお話したことが間違いだったことに、この1年ほどの間に出会った言葉に気づかされました。
私は、ご遺族に少しでも早くお元気になっていただきたいとの思いから「どうぞあまりお力落としのないように」とか「早くお元気になられてご主人様を安心させてあげてください」といった言葉をかけていました。私が間違いに気づかされた言葉とは「愛が深いほど悲しみが深い」「悲しむことは最大の供養になる」「生前よりも死後の方が濃密な関係になる」「苦しみの中にいて、苦しみのままで幸せに生きることができるのです。」また、東日本大震災で石巻市の大川小学校6年の娘愛さんを亡くした母親の言葉「10年たったけど悲しいままですね。愛を思い出して話しながら、泣いたり笑ったりすることが、供養になるんだろうね。」臨床心理士として多くの現代人の悩み、苦しみ、悲しみに寄り添い続けてきた諸富祥彦さんの著書「悲しみを忘れないで」の言葉「もっとしっかりしてよ、こんなことくらいでさわぐなんて、もっと強くならないと、こんな言葉がいちばんよくありません。励ましたりしなくて、かまいません。」私はこれらの言葉から悲しむことがどれほど大切なことかを思い知らされました。
悲しんでいることはそれだけ亡くした大切な人と心の奥深いところでいつまでも一緒にいて、互いを強く思いやっていることに他なりません。
このことに気づいて、以前読んだことがある、弘法大師空海・御大師様の著書の中に悲しみの大切さを世に示したお言葉があったことを思い出しました。
それは御大師様の十大弟子のお一人智泉さんが若くして亡くなられたとき葬儀の追悼文で述べられた言葉です。智泉さんは御大師様の甥で9歳で弟子入りし
山岳修行等絶えずお側にいて、高野山開創に際しては山に籠って諸堂建立等に尽力された方です。
御大師様は追悼文の中でこのように述べられています。「思いがけず早く亡くなって私を悲しませるとは。あわれなり、あわれなり、あわれの中のあわれなり。悲しいかな、悲しいかな、悲しみの中の悲しみなり。この別れには涙が止まりません。哀れなるかな、本当に哀れなるかな、悲しいかな、悲しいかな、重ねて悲しいかな。」
私はこの言葉を知って大変驚きました。御大師様は唐に渡って真言密教を極め、帰国して真言宗の開祖となり、この世でこの身このまま仏となる即身成仏の教えを弘められた方です。全てを悟られ、死は誰にでも突然訪れるごく自然の現象であることは最もご理解されておられるにもかかわらず智泉さんの死を深く悲しんでおられる、御大師様は人の抱く悲しみの心は仏の心の表れと悟られておられたと推察いたします。
私は、悲しみの大切さに思いをいたしてより、これまで悲しむ人の心情に十分寄り添えなかったことに後悔と申し訳ない気持ちです。私が、これまで葬儀の場でお会いした悲しみに暮れる皆様に申し上げます。「悲しみの涙を流されるお姿は、たとえようもなく美しい。それは仏さまが流される涙です。」
弘法大師様が愛するお弟子さまを亡くされて、悲しみ、哀れみの思いに打ちひしがれるお姿を想像しますと私も同じ思いに駈られます。悲しい時は悲しんでも良いのですね。悲しみを堪えて笑顔を作って他に心配をかけてはいけないと思っていましたが、もっと自分に素直になって感情を押し殺さない安らかな生き方をしていきたいと思いました。元気でいるうちに高野山にお参りしたいと思いました。有り難うございました。
ウメダジュンコ様
正覚寺テレホン法話「大切な人を失った悲しみ」に、コメントを寄せていただきありがとうございます。ウメダさんのコメントは法話をさせていただいた私の想いと同一で、共感していただいたことに喜びを感じています。法話で紹介した、弘法大師様が亡弟子智泉さんへの追悼文で詠まれた悲しみ、哀れみのお言葉を知ったとき、正直驚きました。弘法大師様は、日本歴史上最大の天才と称され、その足跡を知れば知るほど今後他に世に出ることがない偉大な方と考えていました。また、弘法大師様ほど仏教の教えに通じている方はいないとも認識していました。
仏教の開祖釈迦は、諸行無常を悟りましたが、生きとし生けるものは必ず死にいたるとの教えです。それゆえ、何事にも執着してはいけない、たとえ自らの死であっても当たり前のことと知るべきと釈迦は説きました。かくも頭脳明晰で、仏教の教えを熟知している弘法大師様が智泉さんの死を嘆き悲しんだことに、弘法大師様のイメージに合わないように感じてしまいました。
他方、弘法大師様は、釈迦と同じく人が生老病死をはじめとする多くの苦しみの中にあると知り、その苦しみを無くす道を求めて修業に励まれました。
その修行の中で、四国、近畿の各地を智泉さんと共に巡りますが、多くの苦しみ悲しむ人たちに出会いともに涙にくれたことと推察します。
また、弘法大師様の生きた時代、人は今よりはるかに助け合っていかないと生きていけない時代だったことは間違いありません。食べ物は分かち合い、
突然訪ねても泊めてあげ、病気の人には励まし合い、葬儀があったらともに悲しんで手伝い、まるで宮沢賢治の雨にも負けずの世界のようだったはずです。
他人の苦しみ悲しみは、すべて自分事だったのです。
弘法大師様の根本的な教えは、宇宙の全てに仏が宿っている。宇宙の中心に大日如来様がおられ、我々と一心同体である。というものです。弘法大師様は、人間の中にある仏とは感情を持った存在とお考えになったかもしれません。喜び、悲しみ、楽しみ、苦しみといった様々な感情はあらゆる生き物のなかで人だけが持つもので、この感情は人生を豊かに味わい深いものにしてくれます。現代は、AIの時代といいますが、AIでは感情豊かな小説や映画はつくれない
と思います。そういう意味で、感情表現豊かな人はより人間らしい人生を送っていると思います。ウメダさんがおっしゃるように、素直な感情表現ができる素敵な人生を送りたいものです。