「SNSの恐怖」について(2025年3月テレフォン法話)

 今月は、「SNSの恐怖」について考えます。
 昨今、テレビや新聞で交流サイトSNSの功罪について報道されない日はないと云っても過言ではありません。特に犯罪などに使用されるケースが後を絶ちません。中でも恐ろしいのは、SNSで誹謗中傷され自殺する方が続出していることです。乱暴な表現で一方的に悪者扱いされ、死ねとさえ書かれるようです。 以前見たテレビでは、若い人気女子プロレスラーの方がSNS上の誹謗中傷が炎上し、うつ病になり自殺したニュースが流れました。
 今から2500年ほど前、インドで仏教を開いた釈迦には2万人にも及ぶ弟子がいたと伝えられます。もし、釈迦の時代SNSがあったら、釈迦の弟子たちは送られてきた文面を見ても苦しみや恐怖を感じることはなかったと推測します。釈迦は、自らの悟り「諸行無常」「諸法無我」について、絶えず弟子たちに教えを説いていたのです。諸行無常とは、この世にあるものは全て変化することを意味します。全て変化するのが宇宙の真理であり、悪いこともいい方に変化するので何も苦しむことはないと釈迦は説いたのです。つぎの諸法無我ですが、この世の全てのものはあるように見えて本当はないという教えです。本当はない自分のために苦しむ必要はないと釈迦は説いたのです。
 驚くべきことに、釈迦は35歳で悟りを開き80歳で亡くなるまで広いインドを歩いて周り、釈迦の教えを求める人のために誰にでもわかりやすく教えを説きました。
 その事例として、釈迦の説話の一つキサーゴータミーの話があります。内容は、遠い昔インドに貧しい者を意味するキサーと呼ばれた女性がいました。結婚して夫との間に子供を設けましたが、妊娠中に夫が亡くなってしまい、さらにはその子供も幼くして亡くなってしまいます。幼子を亡くしたキサーは悲しみに打ちひしがれます。彼女は現実を受け入れられず亡くなった子供を抱いて「どうかこの子を生き返らせる薬をください」といって村中の家を訪ね歩きます。ある家を訪ねたとき「私はあなたの頼む薬は持っていないけど、きっとお釈迦さまならあなたに薬を与えてくれる」と言われます。彼女はお釈迦さまのところに行き「この子を生き返らせる薬をください」といいました。お釈迦さまは「分かりました。その薬をつくるには芥子の実が必要です。ただし、その芥子の実は今まで死者がでたことがない家からもらってくる必要があります。」と言いました。そこで彼女は家々を回り「芥子の実を分けてくれませんか」と頼みます。いいですよと言ってくれる家はたくさんありました。しかし、彼女が「今までこの家から死者は出ていないですか」と聞くと、どこの家でも死者がでていると告げられます。彼女はやがて気が付きます「死は誰にでもやってくる。自分だけが不幸なわけではない。誰もが同じ苦しみを背負っていたんだ。」キサーは、釈迦の教えである世の無常を悟ったのです。そして、自分自身の人生を歩み始めました。当たり前のことに気付かせてくれた、お釈迦さまの弟子になったのです。
 釈迦にSNSのことを話したら、きっとこう言われると思います。「そのような対話方法は間違っている。相手の顔や姿を見て直接声を聞かなければどうしてその者の苦しみ悲しみが分かるのか、それが分からなかったら救うことなどとうていできないではないか。」


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