「目が見えない耳が聞こえない仏」について(2026年10月テレフォン法話)

 今月は、「目が見えない耳が聞こえない仏」について考えます。
 夜8時からのNHKEテレの番組「シリーズ福祉をひらく」を見ました、その日のタイトルは「盲ろうの教授・福島智障害とは何かに迫る」でした。この日のゲストは、目が見えず耳が聞こえない「盲ろう」の東京大学教授福島智さんでした。テレビでインタビューを受けていましたが、福島教授の傍らに座った女性が教授の指を自分の指で叩く指点字の通訳をやって、インタビュアーの言葉を伝えていました。
 福島教授は、「障害者が生きるということは、イコール何らかの苦しみを経験して生きるということであり、障害者が苦しみの中でどう生きるか、障害を通して社会や人間の在り方を研究している」と語ります。教授は、病気のため3歳のとき右目を9歳のとき左目を失明して光を失い、18歳のときには両耳が聞こえなくなり音を失います。教授は、目が見えず耳が聞こえない盲ろうの世界について「真っ暗な静けさの中に放り出された恐ろしい体験をした。」と話しました。
 教授の母親が、点字機を打つ指から指点字を考えだしてコミュニケーションがとれるようになり、2年後日本で初めて盲ろう者で大学に入学しました。福島教授は、「45年光と音のない世界に生きてきて、どんな状況でも生きる意味があることが分かった。生きることに意味があるなら、見えない聞こえないことにも意味があるのだろう」と話します。また、教授は自分と同じ盲ろうの人たちの支援を行い、指点字ができるサポート人材の養成にも取り組みました。   
 19歳で盲ろうとなった女子大生の支援を行いますが、生きる意味について語り合います。教授が「私はあなたが生きていることにともに喜びたい。どんな状況でも生きる意味がある」と話されたことに共感し、彼女もまた指点字を通じて盲ろう者を支援する道を歩みました。福島教授は、「苦しみを全く経験しない人はほぼいないと思う。ほとんどの人が何らかの苦しみを抱え死んでいく。障害者の苦しみを考えることは、全ての人の苦しみを考えることに通じる。」とも話します。
 この言葉は、仏教の開祖釈迦が人の持つあらゆる苦しみを無くす道を求めて厳しい修行を重ね、悟りを開いて人々に教えを説いたことに通じると考えます。釈迦が仏であるなら、福島教授もまた仏であると痛感しました。以前テレビで、生物学者の博士が「今、人がクマに襲われるニュースが連日話題になっているが、もともと人間は弱い生き物で原始時代猛獣の餌になっていた。ただ人間には他の生き物にない強みがある。それは助け合う能力があることだ。その強みにより、地球上全ての生物の頂点に立つ最強の生き物となることができた。」と話しました。
 確かに自分の周りを見渡すと、全ての人が何らかの助け合いを行い生きていることを実感します。福島教授が言うように、障害者も助け合いの輪の中にいて生きる意味を見出しているのです。
 車で街に買い物に行くとき、ときに盲導犬に導かれて目をつむりひたすら歩く高齢女性の姿を目にすることがあります。目が見えない暗闇の中で、一生懸命生きておられる、それに比べて我が身がなんと恵まれていることか、もう一切不満を口にすることは止めようと自省の想いを新たにします。障害者の方は、正しい生き方を教えてくださる先生、お手本なのです。


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