「人皆菩薩」について考えさせられたお話し(2021年2月テレフォン法話)

 今月は、「人皆菩薩」について考えさせられたお話しをします。
 偶然NHKEテレを付けましたら久々に涙する番組を見ることができました。後で新聞のテレビ欄を見て「福田萌子障害者と語る全盲2人の結婚式に涙」という番組であることが分かりました。テレビは真っ暗な画面から始まり、ガタンという人が倒れる音がして取材者と思われる「すみません、何も見えないんで電気を付けてもらえませんか」という声が流れ、明るい室内が映し出されました。そこは台所で目が見えない全盲の24歳の女性が夕食を調理しているところでした。私はそこで気付きましたが、全盲の夫婦が暮らす家では一日中電気を付ける必要がなかったのです。
 妻が料理を運ぶ居間には、やはり全盲のパラアスリート陸上選手の30歳の夫が笑みを浮かべ食卓で待っていました。食事後取材者から、入籍1年半で結婚式をすることになったいきさつについて聞かれました。妻は、コロナ禍の中で最後まで迷ったのですがどうしても結婚式を挙げたいと思ったと話しますが、その理由は番組の後半にわかりました。
 やがて画面は結婚式当日に替わります。式場では結婚式独特の幸せモード一色に染まり、出席者の明るい笑い声と拍手に包まれて進行していきました。次に、画面はスタジオでモデルの女性や司会者、レギュラーの障害者の方がたの間に先ほどの新郎新婦が入り、皆さんと愛について語り合うところへと移ります。新婦がモデルの女性の質問に答えて「お母さんを安心させてあげたいというのが私の永遠のテーマです、それが私の自立につながるんです。」と話した時、女性は「それって愛ですよね」と感動の声を挙げました。
 私はこの新婦の言葉に「菩薩の声を聴いた」思いがしました。彼女は取材者が家を訪れたとき、「私が生まれて4か月の時両親はこの子は目が見えないと分かったそうで、お父さんは目が見えないのも含めてはるかじゃと言ってくれましたが、お母さんは最初は絶望したみたい」と話していました。幼い子供の心に母の嘆き「はるか、貴女を目が見える子供に産んであげられなくてごめんなさい、私たちがいなくなったら貴女はどうして生きていくんだろうか」の声がずーと聞こえていたに違いありません。
 やがて成長するにつれ彼女は「大きくなったら、私がちゃんと自立して幸せに過ごしている姿を見てもらい、お母さんを安心させるんだ」と心に強く決意したのです。
 仏教の仏の一つに菩薩がありますが、仏とは完全なる人格者で迷い苦しむ者を救う存在で、菩薩は完成された仏である如来となることを目指して修業を積む者をいいます。観世音菩薩、観音様は修業を重ねて完成された仏になられたにもかかわらず、この世に留まって悩み苦しむ者を救わんとする菩薩様です。新婦はるかさんは新郎をはじめ多くの人に支えられて幸せに過ごしている自立した姿を見てもらい、お母さんに安心してもらいたい、私への毎日の不安な気持ちから母を救いたいとの思いから結婚式をどうしてもやりたかったのです。彼女は観音様のような菩薩です。このような思いで自分の周りをみると、誰もが自分を含む誰かを助けるために一生懸命生きています。人皆菩薩なりです。


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