「つらいことは当たり前」について(2019年7月テレフォン法話)

 今月は、「つらいことは当たり前」について考えてみたいと思います。
 先月新潟日報の読者の投書欄「窓」を見ていましたら、78歳の清掃員の女性の方の「一冊の本に救われた人生」と題する一文が目に留まりました。
 女性が45歳の時、当時勤めていた会社の社長から会社を辞めるよう言われ目の前が真っ暗になり悩み苦しみましたが、新聞で紹介された本を買って読んだところ「つらいと思っては駄目なんだ。それが当たり前と思えば何のことはない。」という言葉に励まされ清掃員の仕事についたそうです。当初は悔しさもあったが今はやりがいがあり充実しているという内容でした。
 私はそれを読んで人を苦しみから救う言葉を伝える人もすごいが、短い言葉を読んで自分の進む道に気づくことができる人はさらにすごいと感じました。
 この女性を救った「つらいことは当たり前」という考え方は、私の親の代くらいまで一般の人が無意識に身に付けていたことではないかと思われます。
 私の子供の時の記憶では親は冬まだ暗いうちに起きて、父はこたつ用の炭をおこして唯一の暖房を準備し、母は暖房のない台所で薪を燃やして冷たい水で朝食を作り、子供を起こし年寄りの世話をして一家で朝食をとります。子供が学校へ行くとほとんどが農家ですのですぐ夫婦で田や畑に出て暗くなるまで農作業をします。帰ると母は夕食を作り父は薪で風呂を沸かします。一年中休みなく働き体の具合が悪くても医者にかかることなどほとんどありません。しかも第二次大戦がありましたので父は軍隊に入り、残された母は父の仕事までこなして一人で子育てをしないといけなくなりました。このような苦しみに耐えられたのは自分の親を見て育ち「つらいことは当たり前」ということが自然と身に付いていたものと考えられます。
 しかしながら、私の親の時代などよりもっと時代が古くなるほどより一層苦しみは強いものになります。江戸時代までさかのぼって考えてみると庶民は普段米を食べることができません。多くは粟稗などの雑穀を食べていますが、飢饉になるとそれすら食べられなくなります。飢饉で村中の人が飢え死にする場合や伝染病で村が全滅することすらありました。もちろん電気・ガス・水道はありませんので全ては自らの手作業で行います。夜は明かりのつかない家が多かったはずです。 昔の人はつらいことは当たり前でただ家族が生き延びるために必死だったのではないでしょうか。
 仏教の教えの中に六波羅蜜と呼ばれる六つの智慧を身に付ける修行をすれば菩薩になることができるというものがあります。そのうちの一つに忍辱がありますが忍は耐え忍ぶ、辱ははずかしめるということで辱めを受けても耐え忍ぶという修行です。昔の人は日々この忍辱の修行をしていたことになります。
 戦後生まれの私たちは、幸いなことに高度成長の波に乗って日本が豊かになったことから、昔の人には信じられないくらい便利な生活を送っています。
 反面、生きることに必死だった昔の人が悩むことがなかったことに悩み苦しむことがあります。もし自分の中に様々な苦しみが生じたとき、昔の人が身に付けていたつらいことは当たり前に想いをいたしたらいかがでしょうか。


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